8.17.2020

夜に咲く向日葵

noteに浮気しまして、すっかりご無沙汰になってしまいました。
このブログを見てる人は果たして今もおるのだろうか。。

春先に、創作に関して良いニュースがあり、今日までに告知できるかなと思っていたのですが、もう少し先になりそうです。

最近職場では数秘術が流行っていて、みんなで先輩が買った本を回し読みしている。
理解し合いようがないことを理解したからか、心なし、みんなの空気感がやわらかくなっているような気がする。だいきらいな人との関係性を「似てない兄弟」と形容されて、同族嫌悪やったんかといって笑ったりしてる。

なにをもかもをも理解不能

頭で考えたことはみんなうそだ、頭を使わないやつはみんなばかだ、
あたしたちはうそつきの馬鹿者で、
夜に咲く向日葵のことしかしらない。





 





 

3.22.2020

Noteはじめました

久しぶりのブログ投稿です。
少し前ですが、友人に薦められてNoteのアカウントをとりました。
いまいちシステムがわかっていないのですが、Noteだけで更新しているものもありますので、よろしければお暇な時に覗いてみてください。

https://note.com/marienagasawa

画像は若い頃のロバートデニーロ。

 







12.30.2019

おきゃん仕訳

(※辞書的な意味を完全に無視した主観であります。)
松田聖子、おきゃん
中森明菜、おきゃんでない
中島みゆき、おきゃん
松任谷由実、おきゃんでない
前田敦子、おきゃん
大島優子、おきゃんでない
ブリトニースピアーズ、おきゃん
ブリジットジョーンズ、知らない
志賀直哉、おきゃんでない
谷崎潤一郎、おきゃんでない
嶽本野ばら、おきゃん
川上未映子、おきゃんでない
太宰治、おきゃん
三島由紀夫、おきゃんかもしれない

12.15.2019

My generation

人は、年に何回くらい口惜し泣きをするものなのでしょうか
100回?200回?

あたしたちは今年に入ってから27回くらい、

今日で28回目、
年内にあと3回は更新する予定だけど

年の瀬は、振り返ることが多いから

あたしたちの口惜し泣きは、後悔の涙じゃない
シーンが完全に固定されて見えることへの口惜しさ、
ちょっと真剣であんたたちよりもう少し若かったら、
同じものを同じ庭の中でぐるぐる廻してるだけだって、
見抜いてないとでも、飽き飽きしてないとでも?
なのにそこを突き破って行ける人がいるように思えない、
あたしたち以外に、っていう思い上がり、
ずっと好きだったものへ絶望すること、

惜別の哀しみと憎しみと、武者震い、

たかが文学だ
いつだってうんと軽薄なものが一番美しいと思ってる

 あたしたちは全然熱くない
全然寒くもない

12.08.2019

In The Middle

漱石山房で、新宿区ゆかりの作家みたいな本を眺めます、
パンの会など。高校時代の太宰が45歳みたいな表情で笑ってる。
 

萩原恭次郎の顔と髪型が、2008年のモードを行っていることの凄さ、
今、ほんとうのお洒落を志向する若者は、115年くらい前の文豪の髪型に寄せれば良い。

 

あなたが、しっとりと盆にのった空也最中を、口を付ける前に床に落とす、
ベチという鈍い音が12月の冴えた空気を震わせ、
次の瞬間に、最中、掬われ、食べられる。



現代に革命なんかないの、
見た目だけが全てなの、
日常の幸せを守っていくの、
そんなあたしたちのこと、
ポスト早稲田系ネオ日常主義とかに位置づけてくれれば良い、
 

よくわかりません。




12.01.2019

Here it's December,

朝、抹茶をたてる。

鳥が鳴く、スウプはすぐに冷める。
ほとぼりは冷めない。

ここ数日はすごく寒くなったと思う。
皆、各々に熱いものを秘めていたりいなかったりする。 

どうして今年は、早稲田大学化石鉱物研究会は、学園祭に出展していなかったのですか。

あたしたちは、それを、酷く楽しみにしていたのです。
 

11.27.2019

☆取扱い書店情報☆ Information

sikakuicoさんと一緒に創った作品集『サンプン—快速になんか抜かれないわ—』は、古書 ソオダ水さんでお取扱い頂いています。

♪オンラインストアでもお求め頂けます♪
http://kosho-soda-sui.com/?pid=147013836

古書 ソオダ水さんは、早稲田大学中央図書館の真ん前にあり、文化的な雰囲気と、硬派な品揃えが魅力の、とても素敵な本屋さんです。
いつもユニークなBGMがかかっていて、店主さんも優しい方です。

先日展覧会で手に取って下さった方々から、いつも手帳に挟んで持ち歩いています、
通勤の時に取り出して読んでいますと感想を頂いています。
小さな本ですが、それ故に、気ままにポケットから取り出して、日常のお伴やお守りのような存在になっていってくれたらとても嬉しいです。

私はずっとアート作品を紹介する仕事をしていたので、何かを手渡す行為というのは、
基本的に顔が見えるか、直接コミュニケーションが発生する関係性であることが前提でした。

でも思えば、自分に置き換えて考えてみても、顔が見えないコミュニケーションだって、
すごくすごく影響を受けたり、励まされたり、そういうことって沢山あったと思い出しました。
(自分が好きな文章家は、もう亡くなっている人も含めて基本的には自分を知らないけれど、何かで繋がっているような気がするよね。)

だから、もしこっそりブログを見てくれたりしていて、直接私のことは知らないけれど
文章に興味を持ってくれた人がいたら、それも、とてもとても嬉しいことです。

だから、私はこれからも詩とも散文とも小説ともつかない文章をつらつら書いて、でも
それは体温を持っていると思うのです。



とどけ熱量。